
泉南市の子どもの権利条例は、制定から13年を経て理念から実践へと深化している。子ども会議と救済委員会を両輪に、子どもが学び・意見を発し・守られる仕組みを構築。武蔵野市との比較から見える、条例を「回す」自治体運営の現場を視察した。
泉南市の概要と条例の歩み
大阪府南部に位置する泉南市は、人口約5万6千人、18歳未満人口約7,800人。小学校10校・中学校4校を擁する、ほどよい規模の自治体である。
しかしこの小規模な自治体が、全国に先駆けて2012年に「子どもの権利条例」を制定したという点は特筆に値する。
議論の始まりは2005年。当時の子ども未来課で「権利条約をどう市政に落とし込むか」を模索する声が上がった。2011年には検討委員会が設置され、子ども自身もワークショップを通じて前文作成に関わった。
前文に記された「安心できる」「居場所がある」「意見を言える」「権利を学べる」「子どもを想うおとながいる」という言葉は、子どもたちの意見をそのまま反映したものだ。
条例の制定過程そのものが権利の行使であったことは、制度の象徴といえる。
理念にとどまらない条例設計
泉南市の条例は、単に理念を掲げるだけではなく、条文の背後に実行装置を設けているのが特徴だ。
具体的には次の五つの柱で運用されている。
- 子どもの権利委員会(条例の検証・提言機関)
- 市民モニター制度(市民による施策評価)
- 泉南子ども会議(子どもによる意見表明・まちづくり提案)
- 庁内推進会議(各課連携の調整機関)
- 子どもの権利救済委員会(2025年度新設の第三者救済機関)
理念、参加、検証、救済という多層構造を、条例という一つの法的枠組みの中に組み込んでいる。
この設計思想が、泉南モデルの中核をなしている。
泉南子ども会議──子どもが学び、語り、変える
泉南子ども会議は、条例第5条に位置付けられた“子ども参加”の実践の場である。
小学4年生から18歳までの子どもが公募で参加し、月1回、土曜午前に市役所や青少年センターで会議を行う。
テーマは年によって異なり、2024年度は「まちをきれいにするために」「学校生活をもっと楽しく」など、身近な課題を自ら設定して議論している。
活動は単なるワークショップにとどまらず、
- 権利を学ぶ(座学・ワーク)
- 意見をまとめる(班別討議)
- 提案を発信する(市長報告・ポスター展示)
という三段構成で進む。
参加した子どもたちの声には「自分の意見が通ることがある」「大人が真剣に聴いてくれた」という実感が多い。
子ども会議という名の通り、意見を言うだけでなく、聴かれることが制度として保証されている。
現場では、職員があえて答えを出さず、子どもが考える時間を尊重していた。学びの主語が常に子どもであることが印象的だった。
救済委員会──第三者による救済の仕組み
泉南市が2025年に本格始動させた子どもの権利救済委員会は、条例第7章を根拠とする。
市長と教育委員会の共同附属機関として設置され、子ども本人や保護者、市民からの申し立てを受け、調査・助言・勧告を行う。
この制度の最大の特徴は、行政の外に救済の意思決定を置いたことにある。
従来の相談体制は、市内部での調整や支援にとどまることが多かった。
しかし泉南市の救済委員会は、あくまで独立性のある第三者機関として、事実調査や勧告を行う。
これは理念条例から実効条例への転換として全国的にも注目に値する。
職員からは「条例を作って終わりにしないために、この13年間ずっと次の一歩を探してきた」との言葉があった。
まさに、制度が育っていく過程を目の当たりにした。
行政運営に見る成熟
泉南市の特徴は、条例が単独で存在していないことだ。
教育、福祉、人権、子育てといった分野をまたいで、庁内推進会議が横断的に連携している。
これは制度の持続可能性を担保する構造である。
また、市民モニター制度が並行して存在することで、施策の評価が市民側から行われる。
子ども会議、モニター、委員会、救済機関がそれぞれ役割を分担しながら循環を形成している。
この多層的PDCA構造が、条例の形骸化を防いでいる。
泉南市の担当職員は少人数だが、説明の中に現場で聴くことへの確信が感じられた。
制度の強さは条文ではなく、運用を続ける姿勢にある。まさにそれを体現している現場だった。
武蔵野市との比較──理念と実務の接点
武蔵野市の子どもの権利条例(2023年施行)は、条文構成が整っており、理念の幅広さでは全国屈指である。
第27条で子どもの権利擁護委員、第16条で相談窓口を定め、市役所内の子どもの権利擁護センター「まもルーム」がその実務を担う。
まもルームは、いじめ、虐待、体罰、不登校など幅広い相談を、子ども自身や保護者から直接受けることができる窓口である。
相談、調査、調整、意見具申を通じて、子どもの声を行政に届ける仕組みを持つ。
一方、泉南市は2025年から救済委員会という判断機能を伴う第三者組織を稼働させる。
武蔵野が相談と調整の窓口型であるのに対し、泉南は勧告を行う裁定型へと踏み出している。
どちらも理念を具体化するアプローチであり、両市に共通するのは、子どもを主語にした行政デザインである。
視察を終えて──理念を育てる自治
泉南市の取り組みは、子どもの権利を守るだけでなく、使う、育てる段階へと進んでいる。
条例の文言を制度で支え、制度を運用で支え、運用を人が支える。その三層構造が見事に回っていた。
子どもの声を聴くとは、単に意見を聞くことではない。聴いた声を制度に戻し、次の行動に活かす循環を作ることだ。
泉南市はそれを10年以上の時間をかけて形にしてきた。
武蔵野市の条例もまた、同じ理念を掲げている。
これからは条文を実装する自治が問われる。泉南市で見たような制度の地続きの努力が、どの自治体にも必要だ。
理念条例をどう動かすか。
その答えの一つが、泉南市の現場にあった。

