秋田県知事・鈴木けんたが動かした防衛ライン 異例の副師団長派遣に見る地方防災の新段階

2025年秋、秋田県ではクマによる被害が相次ぎ、ついに県が自衛隊に支援を要請する事態となった。
全国ニュースでは熊害の深刻化が報じられたが、その裏で注目すべきもう一つの動きがあった。
秋田県への連絡員として派遣されたのが、第9師団の副師団長だったのである。
都道府県レベルの災害対応で将官が直接動くのは極めて異例だ。
その背景には、秋田県知事・鈴木けんたの経歴と自衛隊への深い理解があった。
元幹部自衛官の知事がもたらす信頼の構造
鈴木けんた知事は昭和50年生まれ。京都大学法学部を卒業後、陸上自衛隊に入隊し、幹部候補生学校で訓練を受け、東ティモールPKOやイラク人道復興支援活動にも参加した。
退職後、妻の地元である秋田に移住し、司法書士として地域に根ざした活動を経て県議、そして知事に就任した。
この元幹部自衛官という経歴こそが、今回の異例の動きを可能にした鍵だった。
自衛隊は厳密な指揮系統と法制度のもとに動く組織だ。
そのため、地方自治体からの支援要請があっても、現場がすぐに動けるとは限らない。
しかし、知事が自衛隊の文化や意思決定の手順を理解していれば、調整の速度は格段に上がる。
危険の度合いや被害状況を自衛官の文法で説明できる。
法的責任の範囲を相手の立場で整理できる。
こうした共通言語が成立していることが、現場を動かす最大の要素となる。
今回、第9師団副師団長が連絡員として現地に派遣されたのは、まさにこの信頼構造の延長線上にあった。
規模ではなく責任の問題――ある自衛隊関係者の分析
ある自衛隊関係者のSNS投稿によると、今回の派遣は規模の問題ではなく責任の問題だという。
つまり、将官クラスの派遣は単に現場の規模が大きいからではなく、行政と自衛隊の間で誰が判断の責任を持つかという構造上の問題を示している。
第9師団副師団長は地方公共団体との調整を日常的に担任する立場であり、防災・災害派遣の実務経験を最も多く持つ階級層にあたる。
現代の災害派遣は、単なる救助活動にとどまらない。
災害救助と公共の安全確保の線引き、自治体と自衛隊の指揮関係、報道や市民説明への対応まで、政治的判断が不可欠になる。
そのため、地方公共団体対応の経験を持つ副師団長が現地調整に入ることは、組織間の意思決定を一本化する意味を持つ。
これは制度上の迅速化ではなく、責任の所在を明確にする動きでもある。
なお、地域防災マネージャーの資格要件にも「自衛隊において地方公共団体対応に従事した者」という項目がある。
今回派遣された連絡員の職責は、まさにその要件に該当する。
つまり、制度の理念を現実の現場で体現した事例と言える。
制度を動かすのは人 共通言語を話せる地域防災マネージャーの重要性
今回の秋田県の対応は、制度の枠を超えた人の力が働いた例だった。
知事個人が自衛隊の仕組みを理解していたからこそ、危機対応が速く実現した。
しかし、すべての自治体に同じような首長がいるわけではない。
だからこそ、各自治体が共通言語を話せる人材を内部に備えることが重要になる。
それが地域防災マネージャー制度である。
この制度は、自衛隊OBや危機管理の専門人材を自治体に配置し、災害時や有事に自衛隊との連絡・調整を担う仕組みだ。
形式的には整備されていても、実際に機能している自治体はまだ少ない。
だが秋田県のケースは、その制度の本質的な価値を裏付けたと言える。
首長が自衛隊の言葉を理解していたから早かったのなら、今後はその役割を担う人材を組織として持つべきだ。
組織の間を翻訳できる存在、つまり制度と現場をつなぐ通訳が求められている。
地域防災マネージャーは単なる危機管理担当にとどまらない。
行政と自衛隊が同じ文脈で話し合えるようにする、共通言語の媒介者でもある。
この存在を日常的に育て、訓練し、組織に定着させることが、真の意味での地域防災力の向上につながる。
結論:自衛隊と自治体の協働は、共通言語を共有する人材から始まる
秋田県の今回の対応は、単なる熊害対策ではなく、自治体と自衛隊がどう協働できるかを示した一つの転機だった。
知事が自衛隊の文法を理解していたからこそ、迅速な連携が実現した。
しかし、それを一時的な偶然の成功で終わらせてはならない。
これからの自治体に求められるのは、組織として共通言語を話せる人材を持つことだ。
災害は制度ではなく人が対応する。
そしてその人が、相手の言葉で話せるかどうかで結果は変わる。
自衛隊と自治体の協働を支えるのは、信頼と理解、そして翻訳の力である。
地域防災マネージャーの採用と育成は、そのための最も現実的な一歩だ。
秋田が示したこの連携は、今後の地方防災の新しいモデルになるだろう。
制度の整備よりも先に、人の理解を。
それが次の災害に備えるための最大の教訓である。

