ホーム武蔵野市武蔵野市・吉祥寺駅北口駐輪場売却をめぐる住民訴訟と情報発信の問題点

武蔵野市・吉祥寺駅北口駐輪場売却をめぐる住民訴訟と情報発信の問題点

現在、武蔵野市では、市有地の売却をめぐって住民訴訟が提起されている。訴訟の対象となっているのは、吉祥寺駅北口に位置する旧駐輪場用地の売却であり、原告側は、この売却が不当に低い価格で行われ、市に損害を与えたと主張している。一方、市側は、鑑定評価や手続に基づく適法な行政判断であり、不当な損害は生じていないとして争っている。
この訴訟は、地方自治法に基づく住民訴訟であり、原告は「市民の一人として、市の財産管理が適正であったかを司法に問う」という立場にある。住民訴訟は、行政の判断に疑義がある場合に、市民が市を代表して首長や職員の責任を追及できる制度であり、日本の地方自治における重要な監視装置として位置づけられている。
現時点では、裁判所において事実関係と法的評価が審理されており、どちらの主張が正しいかについての最終的な結論は、司法の判断に委ねられている段階にある。このような係争中の状態においては、行政の適法性・違法性はいずれも確定しておらず、あくまで「争われている問題」である。
この前提を踏まえたうえで、住民訴訟という制度の意味と、それが公共空間でどのように扱われるべきかを整理する必要がある。

「吉祥寺駅北口の市有地売却をめぐり、市長を相手取って9億9870万円の損害賠償を求めると記載された、住民団体が市内に掲示したポスター」
住民訴訟の原告側関係者が市内のいたるところに掲示したポスター。係争中の訴訟について「市長を提訴」「9億9870万円の損害」など断定的な表現が用いられている。

住民訴訟は民主主義の装置である

地方自治法が用意した住民訴訟は、行政を監視するための中核的な制度だ。議会や選挙だけでは見えにくい行政の判断を、司法の場で検証するための仕組みであり、市民に与えられた重要な権利である。住民が行政の違法や不当を疑い、訴訟を通じて白黒をつけようとする行為は、民主主義にとって健全であり、尊重されるべきものだ。

問題は、訴訟そのものではない。問題は、係争中の訴訟を、司法の判断が出る前から、政治宣伝や印象操作の道具として使う行為にある。疑いは疑いとして提示されるべきであって、結論が出ていない段階で「違法だ」「不正だ」と断定することは、制度の趣旨を根本から歪める。住民訴訟は真実を確かめるための装置であり、誰かを有罪にするための道具ではない。

係争中に断定的な言説を広めることの意味

係争中とは、事実関係と法的評価が裁判所で争われている状態を指す。この段階では、どちらの主張が正しいかは未確定であり、法的には白でも黒でもない。にもかかわらず、「違法な売却」「市民の財産が奪われた」「巨額の損害が出た」といった表現が公共空間で繰り返されると、社会にはあたかも結論が出たかのような印象が刷り込まれる。

日本の名誉毀損法理は、この点に極めて敏感だ。公人であっても、係争中の事件について、未確定の犯罪や違法行為を事実のように広めることは許されない。なぜなら、判決で否定されても、一度広まった評価は簡単には消えないからだ。司法が真実を確定する前に、言論が勝手に結論を作り上げることは、法治主義そのものを壊す行為になる。

仮に原告が敗訴した場合に起きること

ここからは仮定の話だ。もし住民訴訟の原告が最終的に敗訴し、行政の判断に違法性がないことが確定したとする。このとき、それまで流布していた「違法」「不正」「損害」といった断定的な言説は、事後的に虚偽であったことが明らかになる。

この瞬間から、問題の性質は大きく変わる。係争中は「意見」や「主張」として許容されていた表現が、敗訴確定後には「虚偽の事実の摘示」になる。民事では名誉毀損や信用毀損の責任が問われ、刑事では名誉毀損罪や業務妨害罪の構成要件を満たしうる。とりわけ最高裁まで進んで敗訴が確定した場合、「違法だと信じていた」という抗弁はほとんど通用しなくなるのではないだろうか。

司法が示す「表現の境界線」

過去の判例を紐解けば、目的が「行政監視」という正当なものであっても、手法が「断定的」であれば救われないことがわかる。司法は、疑惑を疑惑として報じる自由は認めるが、十分な証拠なく「不正」と断定し、個人の名誉や団体の信用を毀損する行為には極めて厳しい。

特に住民訴訟を「免罪符」にして、司法判断が出る前に社会的な処刑(ソーシャル・リンチ)を行うような言説は、真実相当性を欠くものとして、後に巨額の賠償義務を負うリスクを孕んでいる。これは「言論の自由」の行使ではなく、単なる「法的リスクを無視した暴走」に他ならない。

請求額と損害額を混同させる危険

住民訴訟では、原告が請求額を設定する。しかし請求額はあくまで原告の主張であり、実際に損害が存在するかどうか、どの程度かは裁判所が判断する。
係争中に請求額をそのまま「市民に生じた損害」と表現すれば、事実のすり替えが起きる。金額の大きさは感情に訴えやすく、世論を動かす強力な道具になるが、敗訴すればその表現は虚偽になる。請求額を見出しに掲げて煽る手法は、読者に誤った事実認識を与える危険なやり方だ。

寄付募集と虚偽の前提

さらに深刻なのは、係争中の断定的言説を前提に寄付を募る行為だ。
「違法な売却で市民に被害が出ている」「それを取り戻すために資金が必要だ」という説明で金銭が集められ、後にその前提が否定された場合、法的な評価は厳しくなる。寄付は自由意思に基づくが、その自由意思が虚偽の説明で歪められていたなら、民事では不当利得、刑事では詐欺の問題が生じうる。目的の正当性は、前提の真実性があってこそ成り立つ。

吉祥寺駅北口駐輪場売却問題について、住民団体が寄付を呼びかけるXの投稿のスクリーンショット
住民団体の公式Xアカウントに掲載された寄付の呼びかけ。係争中の住民訴訟に関連する周知活動のための資金募集が行われている。
吉祥寺駅北口の市有地売却を違法・不当とし、市長に9億9870万円の損害を与えたと記載した住民団体の寄付依頼文書
住民団体が配布していた寄付依頼文書。市有地売却を「違法・不当」と断定し、市長が9億9870万円の損害を与えたと記載している。
武蔵野市長オミノ安弘が、住民訴訟に関する市民団体「武蔵野市民の財産を守る会」の発足と市民集会の開催を告知しているXの投稿
住民訴訟に関連して、市民団体の発足と集会の開催を市長本人が告知しているX投稿。
吉祥寺駅北口駐輪場の売却を違法・不当とし、市長に9億9870万円の損害賠償を求める訴訟を行っていると記載した住民団体のXプロフィール
住民訴訟と損害額を断定的に記載している団体のX公式プロフィール。
吉祥寺駅前で、住民訴訟に関するポスターやチラシを掲示して行われた街頭活動の様子と、参加している関係者の集合写真
住民訴訟に関するポスターやビラを掲示して行われた吉祥寺駅前での街頭活動。

▲ 住民訴訟が、寄付を集め、組織を作り、街頭で動員されていたことは、これらの資料が示している。

訂正と名誉回復の義務

敗訴が確定した後に残るのは、名誉回復の問題だ。
虚偽の断定が広く流布された場合、単なる削除では足りない。同程度の範囲と強度で訂正と謝罪を行い、社会に残った誤解を是正する必要がある。これは懲罰ではなく原状回復だ。嘘で壊した評価を、嘘を広めた側が責任を持って戻すという原則にすぎない。

沈黙と放置がもたらす法的評価

敗訴後に訂正も謝罪もしないまま沈黙する態度は、虚偽を認識しながら放置したと評価される余地を生む。これは故意や重過失の立証を容易にする。
法は、誤りを認めて是正する者に対しては寛容だが、誤りを知りつつ無視する者には厳しい。是正の機会が与えられた後の態度が、最終的な責任の重さを決める。

制度を守るということ

住民訴訟は守られるべき制度だ。だからこそ、その制度を政治宣伝の武器に変える行為は許されない。
係争中は司法の判断を待つ。敗訴が確定したら速やかに訂正する。この当たり前のルールを守ることが、表現の自由と法治主義を両立させる唯一の道だろう。

まとめ

本稿で述べてきたことは、あくまで一般論であり、仮定の整理にすぎない。現在係争中の住民訴訟について、最終的な結論は司法の判断を待つほかない。原告が勝訴する可能性もあれば、敗訴する可能性もある。そこに政治的な願望や感情を差し込むべきではない。

ただし、係争中の訴訟をどのように社会に伝えるかという点については、結果とは別に検証されるべき問題がある。疑義を司法に委ねること自体は正当な市民の権利である一方で、その過程で、まだ確定していない違法性や損害を断定的に語り、街頭やネットで世論を動員し、資金集めまで行う手法には、強い違和感を覚える。

住民訴訟は、本来、行政と市民の間の紛争を法の枠内に収めるための制度だ。怒りや疑念を、裁判というルール化された場に送り込み、事実と評価を冷静に確定させるための装置である。それを、政治的な宣伝や動員の道具として使うなら、その瞬間に制度の趣旨から逸脱する。

仮に原告が敗訴した場合、係争中に流布された断定的な言説や寄付募集の前提は、事後的に虚偽であったことになる。そのとき問われるのは、勝ち負けではなく、制度をどう扱ったかという姿勢だ。誤りがあれば訂正し、名誉を回復し、社会に残った誤解を正す。それが法治国家における最低限の責任である。

住民訴訟は、市民の権利を守るための制度であって、誰かを政治的に攻撃するための武器ではない。その線を越えたとき、問題になるのは行政ではなく、制度を利用する側の振る舞いそのものだ。

関連リンク
「吉祥寺駅北口の駐輪場」売却問題 土屋元市長の請求を棄却し、松下前市長の正当性を認める地裁判決 – 弁護士JPニュース
武蔵野市民の財産を守る会 @musashinozaisan
藪原太郎公式サイト

RELATED ARTICLES