NPO法人うぐいすリボン、コンテンツ文化研究会の共同開催により、衆議院第一議員会館会議室で行われた勉強会「SNSの青少年利用規制について考える」に参加した。
会場には複数の国会議員の姿も見られ、SNS規制をめぐる議論への関心の高さがうかがえた。

「禁止」か「自由」かでは整理できない問題
近年、世界各国で「16歳未満のSNS利用制限」や「年齢認証強化」が議論されている。日本でも青少年保護の観点から議論が進んでおり、ニュースなどでも取り上げられる機会が増えている。
しかし、今回の勉強会で印象的だったのは、単純な「SNSは禁止すべきか否か」という話ではなかった点である。
むしろ中心にあったのは、「子どもが安全にデジタル社会へ参加できる環境をどう設計するのか」という視点だった。
SNSを全面的に否定するのでもなく、逆に無制限な自由を肯定するわけでもない。その中間にある「安全な参加」をどう実現するのかという議論が行われていた。
問題になっているのは「SNSそのもの」ではない
前半では、社会情報学者で仙台大学教授の齋藤長行氏が講演を行った。
講演の中で繰り返し語られていたのが、「SNSそのものが問題なのではなく、現在のSNS設計が問題なのではないか」という点である。
現在、多くのSNSは広告収益を前提としており、利用者をできるだけ長時間滞在させる構造になっている。
おすすめ機能、推薦アルゴリズム、無限スクロール、プッシュ通知などは、その代表例である。
特に印象的だったのは、「現在のSNSは、熱中させること自体が目的化している」という指摘だった。
確かに、少しだけ見るつもりだったのに、気づけば何十分も経っていたという経験は、多くの人にあると思う。
大人ですらそうなのだから、判断力が未成熟な子どもが影響を受けやすいのは当然とも言える。
以前のFacebookは、友人の投稿が時系列で流れる比較的シンプルなサービスだった。しかし現在は、おすすめ投稿やアルゴリズムによる誘導が中心になり、友人の投稿を探す方が大変なほど構造が変化している。
つまり、問題になっているのは「危険なコンテンツ」だけではなく、「危険な方向へ利用者を誘導しやすい設計」そのものなのである。
「つながり」を奪うことにもなりかねない
一方で、単純な全面禁止には慎重な意見も多く出ていた。
SNSは確かにリスクを抱えている。しかし同時に、社会参加の手段にもなっている。
例えば、
・病気などで外出が難しい人
・地方や離島で同世代との接点が少ない人
・学校や地域で孤立している若者
・LGBTQ当事者
などにとって、オンライン空間は重要な居場所になっている場合がある。
「対面で話せばいい」という前提が成立しないケースも少なくない。
そのため、「危険だから全部禁止」という発想では、逆に社会参加の機会を失わせる可能性もあるという指摘は非常に重要だった。
SNS規制を考える際には、「保護」だけでなく、「参加する権利」も同時に考えなければならないという話は印象に残った。
幸福度を下げるSNS、上げるSNS
講演では、SNSと幸福度に関する海外研究の紹介もあった。
World Happiness Report 2026では、SNSを一括りにはできないという分析が紹介されていた。
WhatsAppやFacebookのような、人とのつながりを中心としたSNSでは、幸福度や生活満足度が比較的高い傾向が見られる一方、XやInstagram、TikTokのようなアルゴリズム誘導型SNSでは、メンタルヘルスへの悪影響が確認されているという。
つまり、「SNSだから悪い」のではなく、「どういう使われ方をする設計なのか」が重要なのである。
この点は非常に納得感があった。
実際、知人との連絡や情報共有で助けられる場面もあれば、延々とおすすめ動画を見続けてしまい、疲弊するような使い方もある。
SNSは単なる道具ではなく、「どう設計されているか」で影響が大きく変わるという話は、今後さらに重要になっていくと感じた。
日本の制度は「見る側」中心になっている
後半では、日本とニューヨーク州双方で活動する弁護士の上沼紫野氏が講演した。
ここで特に印象的だったのは、「現在の日本制度は“閲覧規制”中心になっている」という指摘だった。
従来のフィルタリングは、「危険なサイトを見せない」ことを前提としている。
しかし現在問題になっているのは、「見ること」だけではない。
むしろ、
・性的画像を送ってしまう
・誹謗中傷を書き込んでしまう
・危険な個人情報を投稿してしまう
など、「発信側」のリスクが非常に大きくなっているという。
弁護士会の相談でも、「被害に遭った」という相談より、「自分がやってしまった」という相談が増えているという話は印象的だった。
しかも、多くの子どもは悪意があってやっているわけではない。
「犯罪になると思わなかった」
「軽い気持ちだった」
というケースが多いという。
そのため、今必要なのは、「閲覧制限」だけではなく、「発信をコントロールする仕組み」ではないかという指摘には説得力があった。
「全面禁止」だけでは解決しない
また、「16歳まで全面禁止」に対する懸念も興味深かった。
現実社会では、子どもはいきなり世界中へ向けて発信するわけではない。
しかしSNSでは、小学生でも突然グローバル空間へ接続される。
だからこそ、
・投稿前Warning
・危険画像検知
・DM制限
・段階的な利用環境
などを通じて、「小さく失敗しながら学ぶ環境」が必要だという考え方は非常に現実的だと感じた。
完全に遮断してしまうと、逆に経験不足のまま一気にSNS空間へ放り出されることになる。
「16歳になった瞬間にSNSデビューする方が危険ではないか」という指摘は、確かにその通りだと思った。
「自己責任」だけでは限界がある
勉強会全体を通じて感じたのは、「保護者や利用者だけの自己責任では限界がある」という点である。
現在の制度は、フィルタリング設定や利用制限を保護者側へかなり委ねている。
しかし、複雑な設定やリスク構造を十分理解できる保護者ばかりではない。
そのため、
・OS事業者
・SNS事業者
・アプリストア
・通信事業者
など、各主体が責任を分担する方向性は避けられないのだろうと感じた。
実際、TikTokでは
・16歳未満DM禁止
・危険投稿への警告表示
・利用時間管理機能
など、安全対策が行われている。
もちろん、それだけで十分とは言えない。しかし少なくとも、「利用者の自己責任だけで済ませる時代ではない」という認識は、かなり共有されつつあるように感じた。
「排除」ではなく「安全な参加」をどう実現するか
今回の勉強会を通じて改めて感じたのは、SNS規制は単純な賛成・反対では整理できないテーマだということである。
子どもの保護、表現の自由、匿名性、社会参加、依存対策、アルゴリズム設計、事業者責任。
これらをどう両立させるのかが問われている。
その中で、今回最も印象に残ったのは、
「子どもをデジタル社会から排除するのではなく、安全に参加できる環境をどう作るか」
という視点だった。
今後、日本でも制度議論はさらに進んでいくと思う。
その際、「危険だから全部禁止」という単純な方向へ流れるのではなく、設計や構造の問題まで踏み込んだ冷静な議論が必要だと強く感じた。

