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著作権侵害の非親告罪化と生成AI時代の課題について考える

著作権侵害の非親告罪化の問題

生成AIを象徴する電球アイコンを手にした人物と、ノートパソコン上に広がるデジタル回路のイメージ
生成AIの発展は、著作権や表現の自由をめぐる新たな課題を突きつけている。

著作権侵害を非親告罪化する議論は、これまで何度も浮上しては消えてきた。表現の自由、二次創作文化、情報流通、メディアのあり方に直結する重大なテーマであり、制度の導入は単なる法技術的な変更ではなく、創作活動の前提そのものを揺るがす問題である。

近年では、生成AIをめぐる著作権議論の高まりに伴い、作品の無断学習を問題視する立場から、再び非親告罪化を求める声が一部にあるとの指摘もある。しかし、その議論の進め方には注意が必要だ。

非親告罪化とは何か

著作権侵害は現行制度では親告罪として扱われる。権利者が被害を訴えない限り、国家は刑事罰を科すことはできない。これは、創作の自由や二次創作文化との調和を重視し、権利者の意思を尊重する枠組みとして維持されてきた。

非親告罪化とは、権利者の告訴がなくても、警察や検察が独自に著作権侵害と判断すれば、強制捜査や逮捕が可能になる制度を指す。国家が表現行為に直接介入しやすくなる点が最大の懸念である。

非親告罪化が問題視される理由

非親告罪化は、権利者の判断を超えて国家が表現行為を取り締まることを可能にする。著作権法は文化の発展を目的とし、引用、批評、パロディ、オマージュなどとの調和の上に成り立つ。これらの領域は判断が複雑であり、刑事捜査の対象にすべきではない。

警察や第三者通報により、権利者が問題視していない表現まで捜査対象になる危険もある。これにより創作者は常に萎縮し、自由な表現活動が損なわれる可能性が高い。

二次創作文化への影響

日本のマンガ、アニメ、ゲーム文化は、権利者による黙認や理解によって発展してきた。同人誌文化やコミケットはその象徴であり、この柔軟な運用が創作の裾野を広げてきた。

しかし非親告罪化が導入されると、権利者が黙認しているケースであっても、第三者の判断で捜査が開始される可能性が生まれる。イベント運営者やサークルは常時リスクを抱えることとなり、二次創作文化は大きく萎縮する危険がある。

自主規制のエスカレート

非親告罪化は民間プラットフォームによる過剰な自主規制を引き起こす。動画サイトやSNSは行政や捜査の動きを忖度し、権利者が問題視していないコンテンツにまで削除やアカウント停止を行う可能性が高い。

アルゴリズムやAIの誤検知の問題も加わり、適法な引用や批評が抑え込まれる恐れがある。こうした環境では、創作者は常に不安を抱え、自由な表現活動が難しくなる。

刑事訴追の範囲が曖昧であること

著作権侵害の判断には高度な専門性が必要で、引用の適法性やパロディの境界、批評の許容範囲などは一律に決められない。権利者自身も慎重に判断する領域を、警察が第三者通報を契機に踏み込むことは、恣意的な運用を招く。

強制捜査が先行し、後に不起訴となるケースがあっても、その過程で創作者が受ける損害は大きい。刑事手続きの重さは、表現行為の萎縮に直結する。

政治的利用への懸念

政治家の写真や行政資料を用いた批判ポスター、風刺イラスト、ミームなどが、権利者の意思と無関係に摘発対象となる可能性がある。権力が著作権を名目に表現内容へ介入する余地が生まれ、民主主義の根本原理が揺らぎかねない。

表現内容の評価に左右される制度は、特に政治分野で危険性が高い。

生成AIと無断学習の問題

一方で、生成AIの急速な発展により、既存の著作物が権利者の許可なくデータセットとして収集される問題は深刻化している。イラスト、写真、小説、同人誌、声などが、公開しているだけで学習素材として取り込まれることがあり、権利者は利用状況を把握する手段すら乏しい。

創作者の経済的利益や人格的利益に関わる問題であり、この状況を放置してよいわけではない。しかし、現行法はAIによるデータ収集や学習を十分に想定しておらず、線引きが曖昧なまま運用されている。生成AIの発展に法整備が追いついていないという指摘は正当である。

非親告罪化で解決する問題ではない

生成AIの無断学習が問題であるからといって、非親告罪化に踏み込むのは制度的な飛躍である。生成AIへの対処は、

データ収集の範囲
学習プロセスの透明性
権利者のオプトアウト制度
プラットフォームの責任分担
学習済みモデルの取り扱い

といった、AI固有の法整備が必要であり、表現全般に刑事罰を拡大する非親告罪化とは本質的に異なる領域である。

結論

生成AIの無断学習の問題において、現行法が追いついていないことは間違いない。その不足を補うために、新たな法整備や透明性の確保が求められる。しかし、非親告罪化はその問題を解決するどころか、二次創作文化や批評、引用、風刺といった社会に不可欠な表現行為を萎縮させる危険性が大きい。

著作権侵害の非親告罪化は、表現文化全体を巻き込みかねない問題であり、慎重な議論が不可欠である。創作者と権利者の利益を守りつつ、文化の発展を支えるためには、現行制度の枠組みを維持しながら、生成AI時代に適合した新しい法整備を行うことが適切だと考える。

注記

この分野については、私自身まだ勉強しながら理解を深めている段階です。考えを整理する意味も含めて今回の文章を書きました。もし気づいたことや別の視点があれば、どうぞ気軽にご意見をお寄せください。

関連リンク
生成AIはじめの一歩~生成AIの入門的な使い方と注意点~ / 総務省
サイト内記事 / 表現の自由

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