昨年、武蔵野市が長野県川上村で毎年開催している「むさしのジャンボリー」は、武蔵野市立自然の村におけるクマの出没を理由に中止となった。これを受け、武蔵野市は今年、ジャンボリーを安全に開催するため、自然の村にクマ柵を設置することを決定した。工事の進捗を確認するため、武蔵野市立自然の村を視察した。
川上村役場を訪問
最初に川上村役場を訪れ、職員から現地の状況やこれまでの対応について説明を受けた。
クマの出没状況
川上村は村域の84%を山林が占めており、全域がクマの生息域とされる。毎年目撃情報は寄せられているが、人身被害はほとんど発生していない。ただし、昨年は全国的にクマの出没が多く、川上村内でも13件の目撃があり、そのうち9件は武蔵野市立自然の村のある川端下地区での目撃であった。目撃された個体が同一かどうかは不明だが、親子グマの報告もあった。
昨年の対策
昨年6月、川上村は長野県林務課と連携し、自然の村下流域を中心に集中点検を実施した。点検では、ベアドッグによる追払いのほか、誘引物となる果樹や隠れ場所となる草地の確認を行った。8月には川端下地区の養蜂巣箱がクマに荒らされ、捕獲用の檻を設置したが、捕獲には至らなかった。林野保護組合では爆音機を導入し、目撃があった周辺に設置して警戒を続けている。
今年度の状況と対応方針
今年度、川上村内ではまだ目撃情報はない。しかし、4月に飯山市で発生した人身被害を受けて、長野県は北信地域にツキノワグマ出没注意報を発出している(4月10日〜6月30日)。佐久地域でも、小諸市で有害鳥獣対策の調査に入った市職員がクマに襲われ負傷する事案が発生している。
川上村では、昨年度の点検結果を踏まえ、クマの移動経路や隠れ場となる河川周辺の樹木を伐採し、緩衝帯の整備を行っている。川端下地区でも同様に原野の伐採を進めている。
村の暮らしとクマへの意識
役場で話を聞いて印象的だったのは、村の人たちが「クマがいるのは当たり前」という感覚を持っていることだった。あらかじめ存在を前提に、注意を払いながら共存し、日々の暮らしを続けている。その姿勢は、山間地で生活する人々にとって自然なものだと感じた。
一方で、武蔵野市としては、自然の村にクマを近づけないこと、安全にジャンボリーを実施することが主眼となっており、対策の方向性に川上村との温度差も感じた。暮らす側と訪れる側。立場の違いから生まれるこの感覚の違いは当然のものであり、どちらが正しいという話ではない。ただ、同じ目的に向かうには、そうした認識の違いも共有したうえで対策を重ねていく必要があると感じた。
自然の村を現地視察
川上村役場での聞き取りの後、武蔵野市立自然の村を現地で視察した。
今年度に設置されるクマ柵のルートを確認するため、普段はあまり立ち入らないハイキングコース外の区間も含め、1時間ほど歩いて回った。幸いにもクマとの遭遇はなかった。
この施設には既にシカ柵が設置されている。これは、柵の外にシカが出て近隣の農作物を荒らさないことを目的に整備されたものであり、柵の内側に人が入り、自然と共に過ごすという考え方がこの施設の基本構造となっている。むさしのジャンボリーもこの柵の内側で行われ、夜間にはシカの鳴き声を耳にしたり、姿を見ることもある。
こうした自然豊かな環境にある施設であるため、全国的にクマの出没が増加した昨年、川上村内でも自然の村周辺での目撃が相次いだ。自然の村の敷地内に設置されたトレイルカメラには親子グマの姿も記録されており、この状況を受けて、昨年のジャンボリーは中止となった。
その対策として、今年度は自然の村の敷地を囲う形でクマ柵を新たに設置する。敷地の外周に2メートル間隔で杭を打ち込み、そこに電流の流れるネットを張る構造で、クマの侵入を防ぐことが目的である。ネットに流す電流は、人が触れても命に関わることのないレベルに設定される見込みであり、おおむね10mA以下とされる。
ただし、単に囲えばよいというものではない。柵の範囲が狭すぎれば常に視界に人工物が入り、自然の中で過ごしているという感覚が薄れてしまう。一方で広げすぎれば、維持管理の負担が増し、現実的でなくなる。景観と安全、運用性のバランスを取ることが設計上の課題となっている。
柵がハイキングコースを横切る箇所には扉を設置する。また、柵の近くの樹木は、倒木による損傷を防ぐため伐採が必要となる。これが視界に入る場所であれば、自然の景観に人工的な印象を与える場合もある。さらに、岩場など杭の設置が難しい地形では柵のルートを迂回させるなどの対応も求められる。
技術的にも環境的にも難易度の高い工事であるが、現地担当者によれば、工事は順調に進んでおり、遅くとも6月末までには完了する見通しとのことだった。
クマの出没に備えながら、自然体験の魅力を損なわないこと。この両立を目指し、現地では工夫を重ねながら作業が進められていた。


